更新日:2005/12/20


熊ちゃんが一時帰省。 

   2004/11/25

今年はじめにうちに来た熊ちゃんが一時帰省することとなりました。

長期で帰るのであれば作文を書いてほしいと頼んだところ、快く受けてくれたので、この場で熊ちゃんの言葉を皆さんにも受けとめてほしいと思い、こういうかたちをとらせていただきました。

熊ちゃんの成長ぶりをみてあげて下さい。
TOTAL−Tも負けずに成長しないと・・・。


「己を知れ。そんで強くなれ!」「やらずに悔やむよりゃええ」

この二つの言葉は今の自分にとって教訓になっている。 

ある曲に刻まれているフレーズなのだが、以前から幾度となく聴いていたにもかかわらず今になってやたらと心に響くのはなぜか・・・?

   エアーブラシの世界(と言ってもそれぞれに感じ方・携わり方は異なるが)に足を踏み入れたのは、2003年の3月だった。それから1年も経たずしてTOTAL-T 竹島氏(呼び名は敏さん)のところへ弟子入りと言う形で2004112日に石川県へやってきて現在に至る。弟子と言っても自分から門をたたいたと言うのではなく、逆に誘われる(?)

ような形で入ってきたが、それまでの経緯やその理由、その時の自分の考え・思いなどはこの場で自らが語ることではないので・・・。ただ、竹島氏からよく想われここに至ったことは、彼を知り尊敬する人々には鼻が高く、自分自身うれしく思っている。

 以前はパソコンに触れることが少なく、ネットであれこれ検索するなどすることも無く、そっちのけだった自分が、単純に「エアーブラシでもやるか?」という考えから徐々に竹島氏と繋がりを持つようになったわけだが、この出会いでエアーブラシは勿論、少し大げさな表現かもしれないが「人生」を、そして人間社会と言う「シャバ」を「人を想うこと」を一番に教えられた。本人にそんなつもりがあるかどうかの確認を取ってはいないが、たたきつけられたとも言えるくらい様々な事を教わったし、今後もそれが続き一緒に考えていくことを思いながら今こうして筆を執っている。

こんな考えなので、先代の弟子の方々とは考え方や心すべき内容は違っているかもしれないし、+αであると勝手ながら思っている。前に記した「人生・シャバ・想い」という事は決して単純なものではなく、今では以前にも増してその大切さや厳しさなどの感じ方が強くなっている。竹島氏を中心に、彼の家族・エアーブラシ教室の生徒達・お客様・彼の知人友人等など・・・。それらの方々との出会いによって得たものやこれから得ていくものは大きく、冒頭で紹介した言葉が今の自分に必要なわけだが、今になっても自分の視野が狭く、様々な面で未熟者であることを最近一段と思い知らされている。

 各界でスター・アーティストと呼ばれる人々を時に羨ましく思う時があったり、それらの人々はある意味違った世界の人々で自分とは根本的に考え方や生き方などが違っているものと勝手に決めつける日々もあったが、当たり前のような事かもしれないが彼らは努力し、我慢した時間があってこそ今があり、輝ける時間があるわけだと・・・。今の自分と何も変わらない同じ生き物であると言うことを改まって考えてみると、弟子入りする機会を与えてもらった自分が誇らしく思え、この時間の大切さを知ることができた。

 今、TOTAL-Tには自分の他に一緒に学んでいる女性がいるが、自分が竹島氏や、彼を取り巻く人達から色々と学んでいるのと同様・・・いや、彼女の場合それ以上に沢山のことを学び取り、それをする努力や楽しさを知っている様に感じる。自分はその女性から学び得ることも多々あり、彼女もまた自分を見てそうしてるであろう。時には互いに良い刺激になり、共感する時・意見が割れる時があるだろう。

 一時的にTOTAL-Tを離れる事実があって、誰かに何かを伝える為というより自分への確認の意味合いが深く、後々この文章を自らが読んだ時「どう変わっているか?」「どう変われたか?」に正直恐れと共に興味もある。ここまでこうして文字を連ねてきたが、今までも、そしてこれからも数多くの事を学び学んでいくことになるだろう。それにはまず、「己を知る」事が大切で何をしたいか?何をやるべきなのか?何ができるのか?を知り動き出すこと。やりたくてやれることはやってみれば後悔はしないだろうし、意見が多く出たらそれぞれをやってみれば新しい発見があるかもしれないので「やらずに悔やむよりはいい」と感じている。そうすれば自分の武器となり得る物を手にできるだろうし、「強くなれる」のではないだろうか?その日その時の気持ちのあり方で感じ方や考え方は違ってくるかも知れないし、変わっていくものであると思う。

こんな考えを持つようになってからは、たとえ俗に平凡といわれる人生の日々であろうと、それを幸せと感じられる自分と仲間達・大切な人がそこにいれば、決して「平凡な日々」ではなく、自身にとって輝ける人生であるのではなかろうか。

             熊本 勝博   20041125